
MIYAMOTO Kazuyuki
宮本 一行
美術家・現代音楽家
1987年 千葉県生まれ。
2012年 武蔵野美術大学大学院造形研究科デザイン専攻映像コース修了。
音や光の現象を主体的に認識することを通じて、身の回りの環境に直接的なアプローチを図る表現活動に取り組んでいる。2019年より秋田公立美術大学大学院博士後期課程に在籍。
https://www.kazuyuki-miyamoto.com/
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今までの作品について
自然や人工など様々な要素で構成されている環境への興味や、これまで取り組んできた音楽経験から、音や光の現象に着目した幾つかの作品を並行して制作しています。これまで、場所固有の特徴的な環境音を聞き取り、楽音によって模倣するなどした音響表現や、身体的な動作を伴いながら、光の痕跡を抽出していく映像表現などによる作品制作に取り組んできました。近年では、これらの表現を組み合わせたインスタレーション作品への展開も試みています。
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今回のリサーチテーマ
2020年3月、京都の鬼門に当たる比叡山でのリサーチ活動を行なう機会がありました。その時には、京都市内を流れる白川の上流付近と、志賀峠道周辺の支流が作り出す環境に着目しました。そして、その場所固有の環境音に耳を傾けながら、特徴的な音響や音階をトロンボーンを用いて模倣するパフォーマンスを行ないました。それらの経験から、京都の裏鬼門に当たる男山を有する八幡の環境、特に三川合流などの特徴的な地形に興味を持ち、本事業に応募しました。
実際に八幡を見て回ると、人工的な環境と自然的な環境が共存している様々な場所を発見しました。特に、上層には橋や塔などの人工的な構造物が立ち上がり、その下層には川や木々などの自然が広がっていて、人工と自然の相関が表れている景観が特徴的だと感じました。また、滞在拠点の「UR男山団地」と、そこに位置するコミュニティー活動拠点「だんだんテラス」での体験も踏まえて、人々や自然が「流れること」と「集まること」を最初の大きなテーマとしました。その後、改めて八幡を見て回り、人工と自然の関係性や文化・歴史的な背景を持っている、木造橋の「安居橋」と「流れ橋(上津屋橋)」をリサーチ対象としました。
この2つの木造橋を観察していると、ある時にこれらが大きな鍵盤打楽器のように見えてきました。特に、四季彩館に展示されている、流れ橋の橋桁が流されている当時の様子を捉えた写真資料から着想を得ました。それからは、木製の床板を木琴の音板に見立て、床板を一つずつ踏み鳴らしていくフィールド・ワークに取り組みました。自分が心地よく感じる一定の速度を保ちながら、全ての床板を踏み鳴らしていくことで、日常生活の中で聞き流されている特徴的な音響を引き出すことを試みました。また、踏み鳴らした音を録音して、その音響の特性を分析することで、それぞれの橋名を付けた楽譜を作成しました。一般的な楽譜の記譜とは異なりますが、様々な要素によって構成されている環境音の複雑さが表現されています。今回のリサーチでは、2つの木造橋で行なった音に関するリサーチ活動を、楽譜という形式を用いて「リサーチ・ノート」として提示できたことが、自分にとっても大きな収穫でした。 -
コミュニケーションについて
滞在中に最もコミュニケーションを取ったのは、UR男山団地のルームメイトでした。分野の異なる同世代のアーティストとの共同生活は、とても刺激的な時間となりました。同じ地域や対象を捉えていても、リサーチに対する視点や切り口が全く違うこともあり、夜にはそれぞれリサーチ活動の報告やディスカッションを多く重ねました。また、地域の方々との交流もありましたが、リサーチ中に多くの対話を試みたのは八幡の環境だったため、ほとんどのリサーチ時間を一人で行動をしていました。ただし、成果報告展では、自分の表現行為やプレデンテーションを介して、地域の方々とも多くのコミュニケーションを取ることができました。これまでは、自分の表現行為を地域の方々に正しく伝えることが難しいと感じることもありましたが、ある程度まとまった形で発表する機会をいただけたことで、その辺りが解消されたようにも思いました。今後の活動では、今回興味を持ってくれた地域の方々と一緒に活動していけたらとも考えています。
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ハプニング
当初の予定では、比叡山の時と同様に、男山を自由に散策することで、男山の水源を発見したいと考えていました。しかし、個人リサーチ初日に男山へと入ると、山中は予想以上に整備されていて、決められた散策路以外に立ち入ることが出来ませんでした。そのときに発見したのが、男山の麓に位置する神応寺の水行場でした。男山を源に発する水流が、水行場を経由して市街地まで流れていく様子を巡っていくと、大谷川・放生川に辿り着き、今回のリサーチ対象となる安居橋を発見することに繋がりました。そして、安居橋にてトロンボーンによるパフォーマンスに取り組み、中間発表でのプレゼンテーションを迎えましたが、「まずはトロンボーンを置いてみること」とコメントをいただきました。そのことが、自分の身体を以って環境とどのように対話をするのか、ということを改めて考えるきっかけになりました。当初の構想とは全く異なるリサーチ内容になったことが、今回のリサーチ中でのハプニングでしたが、そのおかげで新しい表現方法に挑戦することができたと感じています。
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今後の展開
まずは、今回のリサーチで作成した楽譜を整理していきながら、どのような形式で作品として表現することができるのかを考えています。また、リサーチ対象とした2つの木造橋に対して、今回とは異なる方法での身体的なアプローチの仕方も検討しています。今後、まとまった期間に八幡での滞在が可能であれば、他にも楽器として捉えられるような構造物などを地域の方々と一緒に探していきながら、その特徴的な音響を引き出すフィールド・ワークやワークショップにも取り組んでみたいと考えています。最終的には、今回のリサーチ活動をきっかけとして、これから創り上げていく作品の制作プロセスを、地域の方々と共有していきながら、八幡で作品を発表できるように活動していきたいと思います。