レポート

大河原 光

写真家

大河原 光

写真家

宮城県生まれ。2015年3月、京都造形芸術大学大学院修士課程修了。人と環境との関わりを捉えることを大きなテーマとしながら、都市および郊外をフィールドに、写真による作品制作を続けている。


今までの作品について

私はこれまで、都市や郊外を舞台に場所の性質や時間の変化に着目し、写真による記録を通した作品制作を行ってきた。

「Monuments」というシリーズでは、墓地という場所への興味から、東京の各地に点在する墓地の撮影を行った。高層化する建物や日々変化する都市風景とは対照的に、墓地はその場所にあり続ける。墓地と周囲の環境の間では時間の流れが違っているように感じられた。このような体験から着想を得て、墓地を起点にして都市風景を撮影することで、都市空間における時間と空間の複雑な変化を記録し、都市の現在を捉えようと試みた。

また、近作では郊外の高速道路建設現場とその周辺をめぐり、人の手によって環境が大規模に改変される様子に目を向けた。ゆっくりと、しかし確実に変化する風景を前に、その場所に内在する時間の変化に想像をめぐらせ、私が立っている場所の事物を注意深く撮影した。

今回のリサーチテーマ

今回のレジデンス期間では、「舞鶴の地形」と「舞鶴の表象」といった2つのキーワードを軸にリサーチを進めた。プログラム2日目に行われた共同フィールドワークにて舞鶴各所をめぐり舞鶴の多様な側面を見た際に、舞鶴を形づくる様々な事柄と舞鶴湾の地形が深く関わっていることを実感した。

舞鶴湾は、リアス式海岸の入り組んだ様相を呈しており、穏やかな海となだらかに続く山の稜線が織り成す美しい風景を見ることができる。現在では火力発電所となっている大浦半島西側の浦入遺跡からは、丸木舟をはじめとする縄文時代の出土品が発掘されるなど、古くから人が住んでいたことが分かる。また、近代においては、その軍港に適した地形的条件から鎮守府が置かれ軍港として発展したという歴史を持ち、舞鶴湾を囲うように残る砲台跡地や赤レンガ倉庫群をはじめとする戦前~戦時中の軍事遺構が多く残っている。戦後には引き上げ港として、大陸からの引揚者を多く迎え入れた歴史があり、その記憶が深く残っている場所だ。現在は海上自衛隊の基地のある町という側面も持つ。また、西舞鶴は城下町として発展した歴史を持ち、道路の区画などからその歴史性を見ることができた。

このような歴史的、文化的背景を地形と共にフィールドワークすることが今回のテーマとなった。このため、「舞鶴の地形」と「舞鶴の表象」という2つの軸を設定した。

滞在期間中は主に、海岸線を中心に山間や市街地などの地形をなぞるように歩き、小さな旅を繰り返すといったフィールドワークを行った。同時に、図書館や資料館などにも足を運び舞鶴の文化的背景を読み解く作業を行ったが、その点においては、観光の域に留まってしまったのではないかと反省が残る。

成果発表展では、フィールドワーク中の経験を会場である宰嘉庵の空間にインストールするように、撮影した写真や映像によるプロジェクションやブックを展示した。

レポート中のハプニング

特に何もなく、予定通りにレポートを行えました。

コミュニケーションについて

滞在全般において、レジデンス活動の拠点となったFLAT+および、宿泊先の町屋、宰嘉庵を改装し運営されているKOKINの方々をはじめとする、西舞鶴の地域の方々が快く迎え入れてくださったので、充実した滞在期間を過ごすことができた。さまざまな方と食事しお話をする機会が得られたことにとても感謝したい。場所を作ることで人が集まり、新しい関係性と共に活気が生まれているという感覚があり、非常に魅力的な空間が生まれていたと思う。また、滞在期間中に通った明治36年から続く銭湯「若の湯」の女将さんには、建物の歴史を伺い、浴場や着替え場の撮影をさせていただき、大変お世話になった。

成果報告展では、レジデンス期間中にお世話になった方々だけでなく、新聞記事を見て興味を持った方も、会場である宰嘉庵を訪れてくれた。展示を鑑賞し意見交換を行う過程を通して、展示空間のなかでコミュニケーションが生まれたことで、レジデンスアーティストとして地域の方々と意義のある関係を結べたという実感を持てた。展示を行うことで、普段の宰嘉庵とは異なる空間が立ちあがり、その中で同じ時間を共有することに価値があったのではないだろうか。

今後の展開

移動しさまざまな地域を見ること、滞在しフィールドワークを行うことの意義を再確認し、実感したレジデンス期間だった。地形との関わりで場所や歴史を考えること、その作業を引き続き行っていきたい。

今回の展示

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