山田 春江

YAMADA Harue

山田 春江

パフォーマー・クリエイター
1985年 京都府生まれ。 2007年 京都精華大学芸術学部造形学科陶芸専攻卒業。
舞台、音楽、美術など多岐に渡り表現活動を行う。近年では腹話術ユニット「CHEKAS」を結成し、そこから物質である「人形」との対話を通して身体はどう関係していくかに興味を持ち、制作・パフォーマンスを行う。下宿屋山田荘代表、RCHOTEL京都八坂ディレクターを務める。

  • 今までの作品について

    私はパフォーマーとして、腹話術師の活動もしています。
    人形を通して言葉を発する時、人形があたかも生きているかのように見えてくるのが不思議です。人形自体は中が空なのですが、その人形と会話を交わしていくうち、潜在的に眠っている私の言葉が人形によって引き出されてくる感じがあります。そしてまた、そのやりとりを観ている人たちの間で、人形も自立した個として認識されていきます。
    人形が自立した存在として観客の中で認識されていくうちに、その人形がまるで自分の孫であるかのように接してこられる方々も沢山います。人形はただ”モノ”なのですが、その中に私の発する言葉としての”音”が入って行く時、それが誰かの記憶を呼び起こすこともあるのだと驚きました。この「モノ=物質」と「音」との関わりを探っていくことで、人形を通して観客の潜在的な言葉や記憶に今までよりも深く接することができるのではないかと考えています。

  • 今回のリサーチテーマ

    このレジデンスでは、南丹の⼟地で古くから根付く「⾳」や、⼜はそこで暮らす⼈々の深層意識に眠っている「⾳」、それによって⽣まれる⾔葉や営みを知る事で⾃分の制作の⼿掛かりになるような気がして、リサーチを⾏いました。
    そこで出会ったのが「丹波⾳頭」。
    丹波⾳頭は、南丹市に300年前から⼝承で受け継がれ、今も歌われているものの、内容の⾼度さゆえに継承する⼈が少なくなってい るそうです。私は、現在も丹波⾳頭の活動をされている⽅々に直接会いお話を伺っていきました。(話を聞く中では、語るその⽅のリズム や⾳、あふれる原⾵景なる物を私⾃⾝の⾝体に落とし込む事で、内側がどのように揺らめき、⼜、どう⽪膚感覚が変化するのかも、繊 細に観察する必要がありました)。

  • コミュニケーションについて

    コロナ渦によって、人との接触が減った事。そしてネットに頼る時間が増えた事で、物事の見え方や行動がより限定的になるようで憤りを感じる日々を過ごしていました。その中で今回のレジデンスに参加できた事は、私個人の枠が外れて別世界にダイブするようなトライアルになり、思考や行動範囲の枠のような境界線が溶けていくような貴重な経験になりました。また其々に違う背景を持ったアーティストと襖を開けて生活を共にし、制作に向き合う時間を共有できた事はとても良い刺激になり、血が新しく流れ出すような嬉しさがありました。

    人から人へ

    丹波⾳頭が今でも歌われ踊られている地域を、そして⼈を、訪ね歩きました。
    四ツ⾕、胡⿇、園部、⼸削と。
    ⼈から⼈へ繋がる連鎖の切り⼝になった丹波⾳頭。
    当初はお話を伺うことを⽬標にしていたのですが、話の流れで「よければ、教えて頂けませんか?」と伺ってみたところ、とまどいながらも答 えてくださり、⽬の前で踊り⽅や⾳頭を⾒せて頂くことができました。わたしは⼝元の動きや⾝体のリズムを必死に追うことを続けました。


    佐々江の久野さんの音頭。「“はあ~~っと“の、拍子の取り方が難しいんです」と。久野さんの音頭を取る口元や手の拍子を必死に追う私。音頭取りは昔、相当な熟練者でなければ櫓に立てなかったそう。


    久野さんのご紹介で、丹波音頭・踊り保存会の副会長を務める久保さんに出会い、丹波音頭について詳しく教わりました。南丹の中でも場所によって踊り方が違うとのこと。


    当時、リズムを取る太鼓がなく。踊り子の下駄で砂利を鳴らす音で、拍子を取っていたそうです。音頭取りの節回しが少しでも狂うと踊り子も踊れなくなってしまうので、当時の音頭は踊り手と歌い手の必死の息合わせがあったと想像できます。


    裏拍子で音頭を取り、そこに合いの手が入ってきます。音頭の冒頭にくる枕の部分は、現代でいうDJ のMCのよう!!浄瑠璃の音頭は、悲しい物語や報われない恋の物語が多く、当時の民衆は娯楽としてこの音頭を愉しんだそうです。


    盆踊りは男⼥の出会いの場。夜が更けていくと、⾳頭の内容も艶っぽいものへ変わり、祭りは⼤いに盛り上がる。当時の若い⻘年にとっては、⾳頭取りになって櫓の上に登る事は⼀種のステータスで、⼥性にモテる絶好のチャンス。年に⼀回のその機会に向かって農耕期に は師匠の家に通い数⼈の⻘年仲間と囲んで必死に練習したそうです。当時はスピーカーが無いので⾳頭取りは番傘をさして、⾳が外に 漏れないように歌いました。番傘から少しだけ⾒える⾳頭取りの顔は、想像するだけで⾊⾹が⾹ります。


    昔、この南丹の⼟地は⼭の僻地だった為に娯楽がなく、厳しい⼭仕事や農耕、⽊炭、筏作りなど重労働な仕事が多かったそうです。 危険な仕事が多かったが、現⾦で給与が貰えた故に、⼈が集まってきました。そして朝鮮半島からも多くの⼈が働きに来ていたのです。 ⾝分的な縛りや、厳しい経済状況に置かれた当時のこの地⽅の住⺠にとって、⾃由奔放に楽しめるのは、⼀年に⼀度の、数⽇間⾏わ れる「盆踊り」だけ。向こうの畑からも⾳頭が聞こえてきて、「今⽇はどこに踊りに⾏こうか」と⾃転⾞に乗って、櫓から櫓へとハシゴしたそう です。


    丹波音頭がある弓削には、丹波マンガン記念館がありました。

  • ハプニング

    四ツ谷の五ケ荘では、お会いしたかった音頭取りの1 人である、今井小一郎さんの音頭収録映像を見せて頂きました。今井さんは90 歳以上のご高齢ですが音頭が始まると、わっと溢れ出すように言葉が流れ、太く美しい声で丹波音頭の世界を歌いあげられていて本当に素敵でした。長い時間を経て、身体に記録された音頭の言葉や音が、内側から身体を引き上げているかのような姿が強く印象に残りました。

    テーマを決めてリサーチをしながらも、移動する車の中で外から聞こえてくる、風の暴風音や動物の鳴き声、そして音以外にも薪を燃やす匂いや粘質な土壌の触感、人との対話の質感など、移動する(速さ)の中でフッと入ってくるこの街の異邦人(な私)ならではで感じる体感をメモしていました。これは後々、文脈がないけど、気に留めていたような出来事が、ある時に点と点が繋がって物語が立ち上がっていく事に役立ったと感じています。

    丹波⾳頭は年齢や地域によって親しみ度が違うのも⾯⽩く、「昔聞いた事ある〜」とボンヤリした思い出の⼈もいれば「この⾳頭なら歌えるよ!」と慣れ親しむ⼈までいて。特に私がインタビューした⽅々は、この⾳頭を継承していく事に強い誇りを持って活動されているのがとても印象的でした。⾳頭を通してのインタビューで、その⽅の⾳との思い出や関わり⽅をじっくり伺えたのは本当に貴重な時間でした。
    ⼀⽅で、コミュニケーション量の多さとレジデンスでの時間の流れの速さに整理が追いつかなくなった時もあり。私⾃⾝⼀旦⽴ち⽌まる必 要がありました。


    面白かったことは、園部町にある天引(あまびき)の地域では、「天引音頭」というこの地域独特の音頭が存在しました。ここでは丹波音頭の文化は広がっていないようで、私は更に南丹の音頭文化に奥行きがあるように思いました。この音頭を後世に残すために活動されている西井さんに天引音頭を歌って頂きました。(その音は愛らしく、歌謡曲のようなメロディで頭に残り、運転中ずっと口ずさんでしまいました。)

    今年はコロナの影響で、南丹市でも⼤きなお祭りがいくつか中⽌になったと聞きました。そのこともあってか、祭りを思い出して語って頂いた⾳頭の中に、個⼈の記憶の中の原体験と⾳との繋がりがより強く響いているように感じました。直接対⾯での息の交換にでしか産まれ ない⾳の振動に、それそのものが無形の故郷なる物を⽣み出しているのかもしれないとさえ、感じる瞬間がありました。


    リサーチの終盤に、⼤変世話になった滞在先の旅館・合⽻家のお⺟さんに久保さんから教えて頂いた私なりの丹波⾳頭を少し聞いても らいました。「おさよさんと源兵衛さん」から。
    歌い終わるとお⺟さんの⼝から「あ〜懐かしいわ。そんな⾳頭でした、、、昔、三叉路がありまして、道で踊りましたよ。⾓っこのとこで踊っ た。懐かしいなあ。⼦供の時に浴⾐着てね。櫓を道に⽴てはるんです。それで櫓が⽴ってたら踊りがあるなあって、、、外灯も無いですし ね、暗い暗いですよ、、でもそれがいいんですわ。その暗いのが。、、、この歌聞いて、思い出しました。」と。
    そこからお⺟さんは昔、楽しかった祭りの記憶を語ってくれました。⾳頭を通して、なにか⼈の深淵に触れるような感覚をもらえた貴重な 時間でした。

  • 今後の展開

    南丹市に根付く歌や踊りを教えて頂き、⾝体に記憶されたその歌が、まるで無形の原⾵景回帰装置になっているように感じました。
    「⼝伝」で⼈から⼈へと⾳を繋いでいく時、その間には、⾝体にどんな揺らめきが⽣じるのだろう。私は引き続き、南丹市へ訪れ「⾳の巡 礼」を時間をかけて⾏なっていきます。より南丹の⾳を⾝体に落とし込むために、この丹波⾳頭の習得が必要だと感じ、現在も練習を進 めています。

    「櫓を囲み、踊った」。
    インタビューの中で頻繁に出てきた、⼈と⾳をつなぐシンボルかのような「櫓」の存在。
    これもまた創作のヒントになる気がしています。

    ⼈からひとへ。
    もしかしたらあなたもその波に巻き込まれているかも?しれません。

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