JR山陰線の胡麻駅からつづく坂の先にある「みとき屋」。木の扉を開けると、本がぎっしり詰まった書棚に囲まれた空間が待っている。奥にピアノが置かれたこのカフェでは、これまでに染色や工芸品、アートの展覧会や民族楽器、ギターのコンサートなどさまざまなイベントも開催されてきた。コーヒー、手作りのドイツパンとスープのセット、スイーツなど、カフェメニューもさることながら、日吉町の文化発信基地としても活動を繰り広げている魅力的なカフェだ。 ここを営むのは声楽家の井尻有香さんと日本学者のデトレフ・シャウベッカーさんのご夫妻。
 日欧文化交流について研究するシャウベッカーさんは、日本をテーマにしたドイツ・イエズス会演劇の原文復刻と研究 、近松門左衛門に関する論文、山田耕筰のヨーロッパ旅行にまつわる記録をドイツ語に翻訳した著書なども発表している。和紙や着物の古布を表紙に用い、紙、挿絵など装丁にもこだわって纏められたそれらの書物はどれも美しい。
 かつてザルツブルクで上演された高山右近をテーマにした演劇の資料をオーストリアで見つけ、「府民の森ひよし」にある古い民家を借りて再演したこともある。京都市内に住んでいた以前は、近所の人々に親しまれている銭湯に行くことも多く、よく地域の人々と交流したというシャウベッカーさん。日吉町では日吉ダムのそばにある「スプリングひよし」をよく訪れ、温泉とともに地元の人々とのおしゃべりを楽しむ。羊を飼いながら麦も栽培していて、不作でなければ、収穫した麦からつくる自家製のパンがカフェで提供される。
 シャウベッカーさんはこの場所の朝の風景が好きだという。「私はいつも、まだ暗い早朝に散歩します。論文を書くのが仕事なので、野っ原を歩きながら頭の中を整理するのです。田んぼの畦に流れる小川はここで大好きな風景のひとつ。霧の朝はとても幻想的です。少しずつ明るくなり霧が晴れていく時間がとても良い。」透明な空気に溢れた日吉町の贅沢な時間を良く知る人である。

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