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大京都 2020 in 和束 〜未開へのわだち〜

開催期間:10月30日(金)〜11月1日(日)、11月6日(金)〜8日(日)、11月13日(金)〜15日(日)
開催時間:10 : 00 - 17 : 00
展示会場:(株)すぎもと 倉庫・空き店舗 / 手づくり工房 茶房 桶力 / 京都おぶぶ茶苑 / FUKUTYAN_HOUSE / 創造工房 自由庵
ゲストアーティスト:Yukawa-Nakayasu(アーティスト)
参加アーティスト:渋田 薫 / 嶋田 晃士 / 牧嶋 平 / リヴァ・クリストフ

京都府では、アーティストが地域交流しながら創作活動を行うことで地域住民に幅広い文化芸術に触れる機会を提供し、 地域の活性化へ繋げる取組としてアーティスト・イン・レジデンス事業「京都:Re-Search」を実施し、 地域が本来持ち得ているポテンシャルやその魅力をアートの視点から引き出すことを試みています。 今年度は、2019年度に行った「京都:Re-Search2019 in和束」でのリサーチをもとに、 アーティストによる地域の新しいアートドキュメント(=記録)を作成する『大京都2020 in 和束』を開催します。
参加アーティストは、「京都:Re-Search 2019 in和束」への参加アーティスト4名と、昨年度講師として招き、和束を共にリサーチしたYukawa-Nakayasuをゲストアーティストに迎え、約2ヶ月におよぶ滞在制作と、そのプロセスを和束町内各所で公開し発表します。

未開へのわだち
Ruts to the new uncivilization

自然-人工物の境界は、様々な力学によってゆらいでいる。 未開墾地を開拓する者、山中に修行場をおく山岳信仰、そして自然災害。 既に開拓された場所を往来する私たちの行動は、境界を越境することのない社会循環をトレースし続けている。
聖武天皇時代に開拓された恭仁京(ルビ:くにきょう)東北道以前の深山幽邃(ルビ:しんざんゆうすい)な気配と共に、境界の残像をのこす和束町。
アーティストは自生の草や茶を手がかりに、ときに身体感覚を風景や気配にフローさせながら、 この土地にある「人の営み」「自然に存在する他の種」「認識不可能な不可視な存在」までも拙くも引き寄せ、 境界を中和し未開(未開に傍点)へのわだちを描きはじめる。
自然と人工物がハイブリットし未知(未知に傍点)の領域を限りなく開拓しつづける社会の流れに、私たちはいる。
この流れの中、心身ともに粗野な感情をかきたてる境界や未開の地はどこにあるのだろうか? この疑問が既成概念や価値基準を融解し、私たちの内なる野生を明滅させるきっかけとなるかもしれない。

Yukawa-Nakayasu

ゲストアーティスト

  • Yukawa-Nakayasu

    Yukawa-Nakayasu

    アーティスト

    1981年大阪府生まれ。
    歴史や習俗や習慣をもとに、社会や身体、日常に内在している営為や現象を視覚化する作品を制作。2018年にThe 12th ArteLaguna Prize大賞受賞(Arsenale, ヴェネツィア)、2017 年に『Japanese Connections』(Nikolaj Kunsthal, コペンハーゲン)など。近年では、2019年からアートハブTRA-TRAVELの共同代表を務め、2020 年『ポストLCC時代の』(京都芸術センター)のキュレーションを手がける。

プログラム

  1. 展示ツアー
    鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)

    福岡久園×渋田薫
    会場:すぎもと邸インフォメーション内、福岡久園ホームページ内
    WEB fukuokakyuen.official.ec
    会期中、7種の荒茶のイメージに合わせた絵画を展示

  • 鷲田めるろ

    鷲田めるろ

    十和田市現代美術館館長

    1973年京都府生まれ。東京大学大学院美術史学専攻修士課程修了。1999年から2018年まで金沢21世紀美術館キュレーターを務め、 妹島和世+西沢立衛/SANAA、アトリエ・ワン、島袋道浩、坂野充学などの個展のほか、 「金沢アートプラットホーム2008」「3.11以後の建築」「起点としての80年代」などのグループ展を手がけた。 また、2017年には「第57回ヴェネチア・ビエンナーレ」日本館キュレーターとして岩崎貴宏の個展を企画。 2018年4月よりフリーランスで活動し、あいちトリエンナーレ2019にはキュレーターとして参加した。2020年4月より十和田市現代美術館館長。

「未開へのわだち」展

和束町は、奈良県に近い、京都府の南の端にある。鉄道を乗り継ぎ、駅からはバスかタクシーで山あいを30分ほど走ってたどり着く。京都市に生まれ育った私も訪ねたのは初めてだった。山に囲まれたのどかなところで、茶畑が広がり、加工工場がいくつもある。展示会場は数カ所に分散していた。
メイン会場となったのは、巨大な倉庫と空き店舗である。ここに5人の作家の作品が展示されていた。倉庫と空き店舗との間には、道路に面した中庭のような空間があり、その空間いっぱいに巨大な草の玉が置かれている。これは牧嶋平の作品で、人の背の3倍程度、建物の2階分もの高さがある。横の店舗部分を通り抜けて奥の倉庫に入ると、そこも枯れ草で埋め尽くされていた。家族が管理している長野県の亡き叔父の空き家を訪ね、父母とともに草を刈り、家を掃除する様子を記録した映像が、草の間に設置されたスクリーンに投影されている。2階には草を縛ったような塊があり、近づいて見るとそれが動物の毛皮であることが分かる。2階の奥のモニタには、作家自身がそれを被って歩き回るパフォーマンスの映像が流れている。作家のステートメントにある「生活全体は草刈りである」という言葉には共感させられた。
建物の間の吹き抜け空間には、渋田薫の縦長の絵が吊り下げられていた。音楽を絵に置き換える試みだという。他会場にも同様の絵があり、全体で「組曲」となっている。手のストロークを生かした、書のようにも見える線の塊が変奏しながら画面全体にリズミカルに反復されている。線の間を埋めるように塗られたカラフルな色彩は、絵画よりもデザイン的な感覚が見られたが、かつて渋田がヘアメイクの仕事をしていたと聞いて腑に落ちた。
嶋田晃士は、お茶の木が自然物でありながら、人間によって栽培され、刈り込まれている人工性に着目し、そこから逸脱した自生する茶を写真や模型で捉えている。一方、廃棄された洗濯機などの家電が自然の中に還ってゆく様子を撮った写真や、茶葉が機械仕掛けで虫の羽が動くような小さな立体もある。自然と人工物との境界をテーマにした「未開へのわだち」という本展のテーマに正面から向き合った作品だと感じた。
本展の企画も行ったゲスト・アーティストのYukawa-Nakayasuは、会場内に実際に水が落ちてくる滝を出現させた。牧嶋とともに大掛かりなインスタレーションで力作だった。滝の下は小さな池のようになっていて、飛び石がある。山岳信仰の修行である滝行のように、ふんどし一つになった作家が滝の下にあぐらをかいて座るパフォーマンスも行われた。そのとき、上からぶら下げた洗濯機が振り子のように頭上を飛んでくる。命がけである。この洗濯機のように、Yukawa-Nakayasuと嶋田の作品は一部重なりあう。観客を誘導する結界に、石に縄をくくりつけた「結界石」を参照するなど、ところどころに伝統的な和の意匠が見られた。聖武天皇時代に開墾されたという和束に和の伝統を重ね合わせていることが感じ取れる。
それとは対照的に、リヴァ・クリストフの作品は、地域のアートプロジェクトに対する制度批判的な視点を含むユーモラスなものだった。例えば、「忖度アート」と彼が呼ぶ絵画は、町長が気に入りそうな様式で描いたもので、実際に町長に寄贈された。また、地域でのアーティスト・イン・レジデンスを「修行」と捉え、地域の様々な場所で筋トレを行い、その記録映像を上映した。 表現手段の異なる作家たちが、共同で生活しながら、ともに刺激しあい、作品をエスカレートさせて、全力で作った展覧会だった。

鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)
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