京都府で最も大きな湖、離湖(はなれこ)のほとりに鈴木昭男さんの自宅はある。あらゆるものが手作りされたセルフビルドの家と、スタジオの眼前に広がる穏やかな湖。ここは桜の名所でもあり、花見の季節になるとライトアップされて湖周縁も賑やかになるという。
 鈴木さんが網野町に居を移したのは一九八八年。《日向ぼっこの空間》というプロジェクトのために訪れたことがはじまりだった。東西に谷、北に日本海を望む高天山の山腹に高さ三.三メートル、長さ十七メートルの巨大な二つの壁を立て、秋分の日の日の出から日没までの終日、ただ自然の音に耳を澄ます。このプロジェクトは、整地、測量から日干しレンガのブロック作り、壁の設置まで、一九八七年から一年半をかけて仲間たちとともに作り上げられた。遂行までには網野町の人たちをはじめ、さまざまな人の協力があったという。
 「今は生茂ったハゲシバリ( ヤシャブシ)の木が朽ちた壁を被ってね、そこで牛たちが日向ぼっこしていますよ。」
 網野町に生活の場を移して二十三年。八丁浜海水浴場の近くにある網野北小学校は、校舎の佇まいも好きだという鈴木さん。この小学校からまっすぐに伸びる小道を歩くと、沿道のところどころからガシャンガシャンと機織り機の音も聞こえてくる。その先の国道一七八号線沿いに、普段から自転車でよく訪れるというお気に入りの「kanabun」がある。一階は雑貨店、二階はカフェ。内装、壁天井までその殆ど全てをオーナーの給田さん自らが手がけたという空間だ。店の前のザクロの木の下には、周囲の音に耳を澄ますポイントを示す鈴木さんの「点音( おとだて)」プレートもあった。小学生の頃、体育館で開かれた鈴木さんの演奏会をよく覚えているという給田さん。「自宅を手作りしている人がいると聞き、是非見せてほしいと訪ねたときに、鈴木さんがあのときのアーティストだったと知ったんです。」
 ふたりの思いがけない“二十年ぶりの再会”も素敵な物語だった。

大京都アーカイブ